陽の月


――前略
 お元気ですか?
 アクアは緑の夏から色付く秋へと変わってきています。

 目が覚めるといつも一緒に寝ているはずのアリア社長がベッドの上にいませんでした。
 ベッドから落ちてしまったのかと思い、起こした体を左右に倒してベッドの横を覗き込んでみてもアリア社長はいません。
 珍しくアリア社長が先に起き、私を起こさなかっただけなのだと思い制服へと着替え一階へと降りていきます。
 一階へ降りるとやはりアリア社長は先に起きていたようで椅子に座り新聞を眺めていました。
 私が降りてきたことに気が付くと、アリア社長は朝の挨拶をして新聞をそのままに椅子から降り、朝食のおねだりをしました。
 私は朝食の準備を始めようとダイニングテーブルの横を通りキッチンに行こうとしたとき、アリア社長の見ていた新聞の一面が目に入りました。
『天体ショー、皆既日食迫る』
 私は思わず足を止め新聞を覗き込みました。内容を食い入るように読んでいると、アリア社長が動きを止めた私と自分の皿を交互に見て私の制服の裾を掴み引っ張りました。
「あ、ごめんなさい、アリア社長。すぐに朝食にしますね」
 それに気づくと私はアリア社長に謝り、新聞から目を離し朝食の準備にキッチンへ入りました。

    ◇   ◇   ◇

『天体ショー、皆既月食迫る
 午前十一時ごろから一時間半ほどの皆既日食がルナワンによりもたらされる。皆既日食はそう珍しいことではないが、今回は午後四時ごろからも十分ほどの日食が起こる。こちらはルナツーによる日食でルナツーの形状や大きさのため皆既日食にはならず、公転周期も早いために十分という短い日食が観察されるであろう。ネオベネチアにおいて、このように一日で二回の日食が観察できるのは約百七十年ぶりのことだ』


 今日はゴンドラ協会から通達によりプリマ以外のウンディーネの操船は制限されています。
 そして、いつ日食によって太陽光が遮られてもいいようにと、ゴンドラの前後にランタンを取り付けることを義務付けられました。
 ARIAカンパニーは朝から一組の予約が入っていましたが、日食の時間までに終わるのでお客様へのガイドに支障はなさそうです。

    ◇   ◇   ◇

 ガイドを終え、業務報告書を書いていると私は段々と空が翳っていくのに気が付きました。
 アリア社長もそれに気が付くとデッキに出て空を眺めだしました。
 私も手を止めてアリア社長に続きます。そのまま二人でゆっくりと暗くなっていくのを眺めていました。
「そうだ、アリア社長」
 欄干の乗って空を眺めていたアリア社長の方を向き、思いついたことをそのまま提案しました。
「ゴンドラで海に出ませんか?きっと普段とは違う街が見られますよ」
 それを聞くとアリア社長は「ぷいにゅ!」という声とともに首肯して、欄干から降りてゴンドラの方に駆けていきました。
 私は一旦、社内に戻って一時的にARIAカンパニーを閉めるとオールを取ってアリア社長の待つゴンドラへ向かいました。


 海へと出るとそのまま沖へ出る流れに乗り、しばらく流れに身を任せました。そして街全体を見渡せる場所まで来ると、流れから脱出してゴンドラを停めました。
 その頃には太陽のほとんどがルナワンの影に隠れているような状態になっていました。
 辺りは暗くなっているのに空は群青色をたたえています。アリア社長といっしょにゴンドラに横となると、何かが空をゆっくりと移動しているのが見えました。
 目を細めると、それがルナツーだと分かりました。ルナツーは日食によって暗くなったネオベネチアの街を薄く照らします。次第に中天へと上っていき日食中のルナワンのフレアに重なると暗さが増しました。そしてルナワンの影から出るとルナツーはまた街を照らします。
 寝転んだまま隣のアリア社長へと顔を向けます。アリア社長と目が合いそのまま二人で笑いあいます。
「またいつか、こんな光景が見れるでしょうか?」
 アリア社長そうに言うと、私は体を起こしました。アリア社長も起き上がり「ぷいにゅ!」と返事を返してくれました。
 会社に戻ろうと街の方へと目を向けるとたくさんのゴンドラが出ているのが見えました。
「ゴンドラに付いてるランタンがなんだか星みたいで綺麗ですね」
 太陽は月に隠され、月光が街にある星を照らす。
 藍華ちゃんがいるところで言ったら『恥ずかしい台詞禁止!』と言われてしまいそうな台詞が思い浮かびました。
 その台詞は胸に秘めて私はゴンドラを漕ぎ出しました。



                 おしまい。


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