リオルは用事があるとかで昨日の朝から水の都に行っていた。
 昨夜はローラ先輩と一緒に遅くまで月を眺めていた。
 それでもいつもと同じだけの時間を睡眠に費やした。
 そうなれば必然的に起きる時間は遅くなるだろう。
 いつもなら起こしてくれるはずの同室の友人は今、遠い地にいる。
 つまり何が言いたいのかというと、
「遅刻だーっ!」

    ◇   ◇   ◇

『やばいやばい今日の一時限目はスニークの魔法様式学だぞ三連続での遅刻はさすがにまずいこのままだと確実に温室行きだ辛いが朝食は抜きで行かないと絶対に間に合わない』
 句読点さえ付かない思考を巡らせながら俺は寝巻きを脱ぎ捨て、ハンガーから制服を抜き取り素早く着込む。
 そして前日から机に置きっぱなしにしてある鞄を手に取り、体当たりをする勢いでドアを開く。
 階段を使うのも煩わしくなり二階に達したとき手摺りを飛び越え一階のエントランスへと着地。足が少々痺れたが走れないほどではないので無視して寮から出た。
 ゴンドラ乗り場に着くと遠くから予鈴の鐘の音が聞こえてくる。
 経験上、予鈴が鳴った段階でゴンドラが中央島寄りの位置にないと始業時間に間に合わない。
 それでも俺はわずかな望みに賭け、ゴンドラの櫂を手に取り漕ぎ出す。
「うをおぉぉおおぉ!燃え上がれ俺のコスモ!」
 自分が何を叫んでいるのかさえ自覚していない状態で必死に櫂を漕いでいく。
 そんな必死の俺にふっと影が落ちる。
「こすもですか〜?どんな必殺技が炸裂するんでしょうね〜」
 こんな状態なのに自分の頬が緩むのを感じたが、漕ぐ手は緩めず声の主へと顔を向けた。
「おはようございます、ローラ先輩」
「おはよう〜、今日も暖かくなりそうですね☆」
「ええ、そうですね。それより、このままだと先輩も遅刻ですよ」
 ローラ先輩は綻ぶような笑みで挨拶を返してくれた。
 その笑顔に癒されつつも遅刻のことを言わずにはいれなかった。
「ですからこうしてデュオを迎えにきたんですよ〜」
「え?」
 先輩が俺を迎えに来た?
 言っている事は分かるが意味が分からなかった。
 言っては何だが先輩の箒は自慢にならないほど遅い。どんなに頑張ってもこのゴンドラと同じ速度しか出ないはずだ。
 では、またシャルの魔方でぶっ飛んでいくのかと思い、周囲を見やるがシャルどころか他の生徒の姿さえ無い。
「デュオ、乗ってください」
 ローラ先輩はそう言いながら箒の前側に移動し、後ろ側に俺の乗れるスペースを作ってくれた。
 俺が戸惑っていると先輩は「急がないと遅刻ですよ〜」と言い俺の手を取り箒へと導いた。
 そのまま箒に乗ると先輩の細い腰に腕を回ししっかりとしがみつかされた。
「では、落ちないように気を付けて下さいね☆」
「はぁ……?」
「ぶるーいんぱるす♪」
 すると先輩の箒は俺の予想以上のスピードで飛び始めた。驚きで一瞬バランスを崩すがローラ先輩にしがみ付き事なきを得た。
「なんでこんなにスピードが出るんですかー?」
 このことを聞かずにはいられなかった。そうすると先輩はあっけらかんと答えてくれた。
「この前の事件のときからこれくらいスピードが出るようになったんですよ」
 たぶんエリティルの使い方を体が覚えたんでしょうね。と先輩は続けた。
「すごい、これならどうにか間に合いますよ!」
 俺が興奮気味にそう言うとローラ先輩はえっへんと可愛らしく胸を張った。
 思わずその張った胸に目が引き寄せられる。
「デュオ、教室に着きますから着地の準備をしてください」
 豊かな胸に意識がいっていたので俺は先輩の言葉を聞き逃した。結果、一直線に教室に向かっていた箒が窓の直前で急旋回したため、振り落とされ教室の床に顔から突っ込むことになった。

    ◇   ◇   ◇

 ローラ先輩のおかげでなんとか一時限目の授業には間に合い、温室行きもまぬがれた。
 退屈な午前の授業も終了し昼休みとなり、俺はシャル、エンフィの二人と食堂にやってきた。
 シャルとエンフィは席の確保、俺はランチの注文に長い列の最後尾へと並んだ。
 三分ほどで俺の番となり、三人分の昼食を二つのトレーに載せて今度はシャルたちの確保した席を探す。
 ざっと見渡すとすぐに三人で楽しそうに談笑する姿を発見した。
「ローラ先輩」
「こんにちは、デュオ。今朝は大丈夫でしたか?」
 三人が囲むテーブルに近づき、新たに加わっていたローラ先輩へと声をかける。
「えぇ、大丈夫でしたよ。それより今日は一人ですか?」
 トレーをテーブルへと置いて一息つく。
「いいえ、シャルとエンフィが一緒ですよ」
 先輩のお惚け回答に気が抜けてしまった。苦笑をし、もう一度聞きなおす。
「いえいえ、そうではなくて、ここには一人で来たんですか?」
「あぁ、そういうことでしたか。てっきりデュオが私しか目に入っていないかと思っちゃいました」
 それは『ある意味間違っていないな』と思う。
 その様子を見ていたシャルが「はぁ……ごちそう様」と言っていたのは聞こえなかった。
 ローラ先輩は軽く振り返り気味に奥にあるテーブルを指差した。そこには四人の女子が楽しそうに会話しながらランチを食べている姿があった。
「先ほどまであちらのテーブルの方たちと食事をしていたのですけど、シャルたちがこのテーブルに座るのを見かけたのでご挨拶をしに来たんですよ〜」
 よく見てみるとあちらのテーブルには食べかけのサンドウィッチが残っている。あれがローラ先輩の分なのだろう。
「それではデュオ、また放課後」
 にっこりと微笑み、先輩は元のテーブルへと去っていった。
 それを最後まで見送り、席に着くと二人からの微妙な目線に気が付いた。
「な、なんだよ」
 たじろぎながらそう言うと少し間をおいてからエンフィはため息をつき
「いや、相変わらずラブラブだと思ってね。……本当に羨ましいよ」
 そう答えた。
 どうやら先ほどの先輩と俺のやり取りが毒づきたくなるレベルであったらしい。
 俺はサンドウィッチを手に取ってから、トレーに乗ったままだった水の入ったグラスを引き寄せる。
「エンフィならそれこそ引く手数多だろ。あとは自分が納得できる相手なのかだけじゃないか?」
 サンドウィッチに齧り付き咀嚼する。エンフィは少し俯いてから急にこちらを見る。
「じゃあ!デュオが私を貰ってくれる!?」
 あまりにも大胆な発言に口の中のものを噴出しそうになったが何とか堪えた。しかし気管の方に食べていたものが少し入り込んでむせる。
 あまりにもむせているので隣に座っていたシャルが背中を擦ってくれた。ありがたい。
「げほっ……いきなり何を言うんだよ」
 やっと咳が収まったところでエンフィにそう言う。
 当のエンフィはあははと笑いながら「冗談だから気にしなくて良いよ」と言った。

    ◇   ◇   ◇

「ということがあったんです」
 放課後、俺とローラ先輩は聖堂の掃除をしながらあの後あったことを話していた。
 そうすると今まで説教台を拭きながら楽しそうに聞いていた先輩が、いつの間にかドア付近の椅子の掃除をしていた俺の隣に来ていた。
「デュオは、あそこでエンフィが冗談だと言わなかったらどうしますか?」
 両手を胸の前で組み先輩は真剣に問うてきた。
「もちろん断りますよ。俺にはローラ先輩がいますから」
 言いながら、俺は先輩を包み込むように抱きしめてそのまま先輩のやわらかい髪を撫でる。サラサラな髪の感触が心地いい。
「はぁ、分かってはいましたがやっぱりデュオは人気があるのですね」
「もしかしてヤキモチですか?」
 そういうと先輩は顔を上げて頬を膨らませ「違います!」と言う。だがどう見てもその姿はヤキモチにしか見えない。
 そのまま目を合わせていると先輩は段々と困った顔になり、耐え切れないというように俺の胸に顔を埋めた。
 その様子が可愛らしく優しく声をかける。
「意地悪しすぎちゃいましたね。ごめんなさい」
 その声に反応してローラ先輩は再びこちらを見る。
「じゃあ、証をください。デュオが私を離さないという証を……」
 顔を上げて目が閉じられる。西からの暖かい光を受け俺たちはキスをした。




                            おしまい。


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