夏休みの補習になんて行くものじゃない。
 朝から暑い思いをして学校に行っても教室にはクーラーが効いているわけでもなく、暑さのせいで真剣に聞けるほどの集中力も出ない。
 それでも参加するだけの理由があった。
 優季に会えるからだ。たったそれだけの理由で補習に参加している。
 よくよく考えれば補習に参加せず、クーラーの効いた図書室で夏休みの宿題でもしながら補習が終わるのを待っていればよかったと後悔する。
 その地獄のような補習もこの簡易テストで終了だ。テスト用紙を回収し、教師が終了の合図をすると教室内は弛緩した空気に包まれた。
 大きく伸びをしてから力を抜き、机に体を預ける。あとは帰るだけだがテスト後の気だるさのせいで今は動きたくない。
 最初はひんやりしていた机がだんだん温くなっていくのを肌で感じながら喧騒に耳を傾ける。
 誰もがこの後の予定や残りの休みの予定を楽しそうに話しているのが聞こえてくる中、誰かが近寄ってくる足音と気配を感じた。
 いや、訂正しよう。誰かなんて分かっていた。顔を上げると気配の主である優季がちょうどこちらに手を伸ばしていた。
 顔を上げたのを見ると優季は手を引っ込めて声をかけてくる。
「貴明さん、そろそろ帰りませんか?」
「うん、そうしようか」
 このまま教室にいても暑いだけだし早く涼しいところへ移動したい。それに加え、優季と一緒に帰れるなら文句の付けようもない。
 筆記用具をかばんにしまい、机の中に何もないことを確認すると立ち上がり優季にお待たせと言う。
 並んで教室を出ようとすると近くの男子から『河野』と声がかかる。
 優季に目配せをし了承を得るとそいつの席へと近づく。
「っく、通じ合ってんな……」
「そんなこと言う為に呼んだのか?」
 呆れながら返すと「あー違う違う」と続け
「今日近くの神社でお祭りがあるのを知ってるか?」
「ん?あぁ、回覧に挟まってたな。七夕祭りだっけ?」
 旧暦の七夕祭りがあるのは記憶していた。その昔、雄二やこのみと一緒になって遊び歩いたもんだ。
「そ、その神社って言うのが俺の親父の実家なわけだよ」
「待て、手伝えと言うのは勘弁だぞ」
 先手を打って手伝いを断っておく。
「話は最後まで聞けよ……いや、手伝いに変わりはないのか?」
「どういうことだ?」
 先ほどから疑問符ばかりの浮かぶ会話だ。
「いや、友達と一緒に祭りを廻ることにすれば手伝いの時間が短縮できるんだよ」
 だから祭りに来たついでに神社のほうにも寄ってくれということらしい。
「了解、いつごろ行けばいいんだ?」
「そうだな、五時半頃に来てくれるとありがたい」
 分かったと伝え教室を出る。そこで優季は壁にもたれながら待っていた。
「お待たせ」
「いえ、お話は終わりましたか?」
「うん、それじゃあ帰ろうか」
 優季は「はい」と答えるとすっと隣に来て歩き出す。

    ◇   ◇   ◇

「今日近所の神社で七夕祭りがあるんだけど行かない?」
 下校中に優季をお祭りに誘ってみる。
「あ、いいですね」
 そして詳しいことを道すがら決めていく。待ち合わせは五時となり、そのままゆっくりと見て廻れば約束の時間にはちょうどいいだろう。
「それではまた後ほど」
 一旦、優季と別れ、俺は家で時間をつぶすことにした。
 お祭りなんか久しぶりだよななどと考えつつ、ふと浴衣を着ようと思い立つ。
 帯の締め方なんてよく知らないがネットで調べればどうにかなるだろうと軽く思いつつ、両親の部屋から浴衣を探し出す。
 あった。帯はこれか?なんだか女性の帯と比べるとずいぶん質素だ。
 パソコンを立ち上げネットで検索すると写真付の解説が出てきたのはありがたい。
 よし、なんとか見れるようにはなった。緩まないか確認して時間を見ると約束の三十分前だ。
 十分間に合うだろうと思い、家を出る。しかし、甘かった。慣れない下駄と浴衣のせいで意外と足の自由が利かない。
 あせっても仕方ないが優季を待たせるのも忍びないので可能な限り早く、足を動かす。
 なんとか五時に約束の場所である参道の入り口に着く。優季は道の端に寄って咲いていた。
 いやいや、何を思っているんだ俺。確かに優季は可愛くて今は朝顔柄の浴衣を着ていて髪をアップに纏めていつも以上に綺麗だからって咲いているという表現はないというか……はずかしい。
「どうしたんですか?貴明さん」
「うわ、あ、優季お、お待たせ。なんでもないよ」
 しどろもどろになり、顔を優季からそらしつつ答えると
「貴明さんも浴衣なんですね。よく似合ってますよ」
「優季のほうが似合ってるよ」
 言ってからしまったと思う。これじゃあ優季の浴衣姿に見惚れてたってバレバレじゃないか!
 でも事実をなんだから仕方ない。
 そんな俺の内心がわかっているのか優季はこちらの顔を見ず手を引く。
「さ、行きましょう。お祭りは始まっていますよ」
 手を引かれるまま俺たちは参道へと入っていく。そのとき、ちらりと見えた優季の頬に朱がさしていたのは気のせいではないだろう。


 参道に入るとまだ少し早い時間だが賑わっていた。周りを見るとやきそば、とうもろこし、ヨーヨーなど昔ながらの屋台に混じってキャラクター物のカステラ、ドネルケバブなど目新しい屋台まである。
 とりあえずたこ焼きを一船買うとそれを二人で突付きつつゆっくりと参道を歩いていく。
 参道の隣にある神社の駐車場にも屋台が立ち並んでいる。書き入れ時こそ駐車場の利用機会なのにこれでは駐車場の意味がないのでは?と優季と話したりする。
 そうすると優季はお祭りだけが神社のお仕事じゃありませんからといい
「神事にも色々ありますし人が集まる行事には神前式などもありますから……ぁ」
 小さく声を漏らして頬が染まる。神前式の部分で自分たちの将来を想像してしまったのだろう。
 こちらも気恥ずかしくなり優季から目をそらす。そんな中不意に手の甲が優季の手の甲と一瞬だけ接触する。一瞬だけ交わしたぬくもりが惜しくなり俺は優季の手を握った。そのまま少し歩き、何か話そうと思ったことをそのまま口にする。
「優季は神前式のほうがいい?」
 言ってから墓穴を掘ったなと思う。
「え!……えっと白無垢もいいですけど、ウェディングドレスもあこがれちゃいます」
 そして優季はこちらの顔色を伺うようにまっすぐに見ると
「貴明さんはどちらを着て欲しいですか?」
 と聞いてくる。その答えは保留させてください。

    ◇   ◇   ◇

「来たぞ」
「おお、河野。助かった! じーちゃん、友達が来たから抜けるぞ」
 後ろの方にいた白髪の老人に声をかける。
「なんだ、男友達か。色気のない奴だの」
「うるせー。行ってくるよ」
「おぅ、羽目を外し過ぎるなよ」
 と言いつつ長い刀をぶんぶんと振った。神事で使うのだろうか?それにしてもパワフルな爺さんだ。
「で、お前の彼女はどうしたよ?」
 外に出るとそんなことを聞いてくる。
「境内で待ってる。そっちはこれからどうするんだ?」
「ああ、適当に見て廻る。……そうだ」
「ん?」
 社務所のほうに走っていき何かを取ってくる。
「今日のお礼だ。なにがいい?俺のお勧めはこれかこれだな」
 と言って広げてみせるのはお守りだ。そして指すのは安産祈願と家内安全だ。
 とりあえず叩いておいた。
「あたた、冗談だよ。ほれ」
 二つのお守りが中を舞い俺の手に収まる。何のお守りか確認しようとするとそいつはそれじゃあなと言って駆けていった。
 止める間もなかった。手に収まったお守りを確認すると……。

    ◇   ◇   ◇

「おかえりなさい。どうぞ」
 優季のところに戻るとカキ氷を渡された。どうやら裏に行っている間に買ってきたらしい。
「ありがとう、こっちもこれ」
「なんですか?」
 先ほど貰ったお守りのひとつを渡した。
「もう必要ないかもしれないけど……」
「縁結び……ふふ、大切にしますね」
 そう言って優季はお守りを両手で包み込んだ。


                            おしまい。


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