武道日和

 俺と由馬が付き合い始めてから一ヶ月が過ぎようとしていたある日、担任の雷堂にホームルームが終わったら来いと呼び出しをくらった。
 呼び出される原因がないかとあれやこれらと頭をめぐらせるが、最近は落ち着いた生活が続いていたため原因は思いつかない。
 少しビクビクしながら雷堂のところに行くと、こう切り出された。
「おお来たか緒方。お前、剣道部に入らないか?」
「……………………………は?」
 予想外の話だった。唐突過ぎて話についていけない俺に雷堂は続けて言った。
「まぁ驚くのも無理はないと思うが、この学園は薙刀部が有名だったから他に武道系の部活が無くてな」
 雷堂は一人でうなずきながら説明を続けた。
「だから今度、剣道部を作ろうと思うんだ。どうだ緒方、貴様やってみる気はないか?」
 唐突で少々混乱したが、そういうことらしい。
「うーん、少し考えさせてください」
「ああ、今すぐ返事が欲しいわけじゃなかったからいいぞ。まあ考えておいてくれ」
 そう言って雷堂は教室から出て行った。


「ねえコウ、今朝の苺ちゃんの話って何だったの?」
「ああ、雷堂が剣道部に入らないかって誘ってきたんだ」
 昼食になると俺は由馬を迎えにいって食堂に連れ立ってやってきた。そこで席を確保していた朝陽たちと合流して食事をはじめた。
 朝陽は今朝、俺が雷堂に呼ばれたのが気になったのか質問してきた。
「剣道部?剣道部なんてうちの学校にあったっけ?」
 それに反応して薫が剣道部の存在を聞いてきた。
「おう、今度作るらしいぞ」
「ん?政則、何で知ってるんだ?」
 薫の質問に政則が答えた。俺は政則が剣道部創設のことを知っていることに疑問を持った。
「ああ、俺も雷堂に誘われたんだ。OKしといたぜ」
「政則はもうOKしたんだ。でもこよりちゃんはいいの?」
 こよりちゃんは政則が溺愛している妹で、本人は大変迷惑している。
「ああ、こよりに剣道部のことを話したら『あにぃが剣道している姿を見たいなー』って言ってな、そりゃーもう愛らしくて……」
 政則の話は剣道部のことから今日のこより自慢に移行していった。それを聞き流しながら俺はこう思った。
 こよりちゃん、政則を厄介払いしたな……。
 剣道部がはじまれば放課後にも部活があるため、家に政則がいる時間が少なくなるだろう。そうすれば政則にまとわり付かれている時間も減る。こよりちゃんはそう考えて先の発言をしたのだろう。
 薫たちもそう思ったのか、思わず顔を見合わせて苦笑してしまった。
「光一郎も剣道部に入るの?」
 今まで話に参加せず山盛りのパスタを食べていた由馬が聞いてきた。パスタの他にもスープにサラダ、チキンステーキまである。その細い体のどこにそんな量が入いるのか甚だ疑問だ。
「雷堂には考えさせてくださいって言ってあるけど…やってみたいと思ってる」
「……そう」
 俺がそう言うと由馬は少し微笑んで答えた。なぜ微笑んだのか疑問を持つと、それが分かったのか由馬がうっすらと頬を染めて言った。
「光一郎といる時間が少し増えるから…」
 武道館は一つしかないし、雷堂が誘ってきたということは雷堂が顧問なのだろう。それが薙刀部である由馬と一緒にいる時間にもなることに気がつき、自分の顔が赤くなるのが分かった。
 そんな様子を朝陽たちは冷やかし、穏やかな笑いに包まれた。

 次の日、俺は朝のHR前に雷堂に了承の返事を伝えた。

    ◇   ◇   ◇

 剣道部が発足してから約六ヶ月が過ぎた。その間に夏季合宿や初めての大会などがあった。
 大会では三回戦で敗退した。初めての大会で二回戦突破なら上出来なほうだろう。雷堂や由馬の薙刀による訓練のおかげで、避けることに関してはかなり上達した。だが、それだけで勝てるようなら苦労はない。
 団体戦の一、二回戦目は竹刀が当たらないことに相手が苛立ち、大振りになったところを胴に打ち込み勝てたが、三回戦目はここまで勝ち上がってきているだけあって相手も落ち着いていた。そして数度の攻防の末に一本目を取られてしまった。二本目は防戦一方となったが仲間から檄が飛び攻撃に移り、辛くも小手を打ち取った。そのまま時間切れとなり俺の試合は終わった。試合の総合結果で一勝二敗一引き分けとなり敗れてしまった。
「打ち込みの練習に付き合ってくれ」
 試合の後、悔しかった俺は由馬に協力してもらい、次の大会ではもっと強くなっているように練習に励んだ。


 そして冬休み、冬季合宿が行われた。合宿とはいっても、学園内で行われる二泊三日の小さいものだ。薙刀部と合同で行われるため、少しうきうきした気分で合宿は始まった。
 しかし、合宿は過酷だった。夏も同じことが行われたのに忘れていた。朝五時に起きて十キロのランニング、七時に朝食を取り八時から十二時まで午前の練習。昼食を取り三時までまた練習をし、三十分の休憩を挟んで試合を行った。試合が終わったら夕食まで休憩と言う名の勉強会が始まり、夕食後に五キロのランニングで一日が終了する。
 食事は料理長ジョン・山口による栄養管理でボリュームも味も申し分ないものだったが、夏季合宿の時は、時間が過ぎていくごとに味が分からなくなるほど疲弊していった覚えがあった。だが、今回は慣れもあってかそこまで疲れなかった。ランニングが終わってから由馬と夜の散歩を楽しむ程度の余裕が出来ていた。その光景を他のメンバーに見られていたのは言うまでも無かった。
 冬合宿最終日、他校との試合が行われた。俺は大将とて試合に参加した。相手は大会で準決勝までいったチームだったが、大会から格段と成長した愛嬌学園剣道部の面々は、三勝二敗で辛くも勝利した。
 薙刀部も他校との試合を行い、こちらは一本も取られることなく勝利した。
 その夜はささやかな祝勝会と忘年会が催された。

    ◇   ◇   ◇

 祝勝会が終わり部員が帰路に着いたであろう頃、俺は由馬と武道館にいた。俺が一本勝負をしようと頼んだのだ。
 剣道と薙刀ではルールに多少の違いがあるが、今回は相手のルールに合わせる形で――つまり俺は脛への攻撃にも注意を払わなければいけないが、由馬は上半身への攻撃だけに注意するだけでいい――一本勝負を始めた。
 間合いは薙刀のほうが圧倒的に長いが、懐に入れれば勝機はある。そのために由馬の動きに集中し攻撃に備えた。由馬は下段に構え俺との間合いを計っている。脛への攻撃は竹刀による対処のし様がないので、避けることを第一にじりじりと間合いを詰めていった。薙刀の間合いに入った瞬間、由馬は胴を狙い切り上げてきた。脛を狙っていたと思った俺は予想外の攻撃に焦った。しかし、体はそれに反応して動き、竹刀で薙刀の柄を払っていた。咄嗟のことだったので竹刀を大きく払いすぎ、引き戻すのに時間が掛かり由馬も薙刀を構え直していた。
 だが勢いのついた体はそのままで今は竹刀の間合いとなっている。鍔迫り合いに持ち込もうと思ったとき、由馬は体を横へとずらし鍔迫り合いを避け、横を通過しようとした俺の脛を石突で打った。


 完敗だった。思惑をことごとく外され、それを対処されてしまった。
「光一郎、強くなったね」
 由馬が嬉しそうに声をかけてくるのが分かる。
「本当なら最初の胴で取れると思ってたんだよ」
「……それでも負けは…負けだ」
 俺はやっとの思いでそれだけ答えた。
「光一郎、泣いてるの?」
 どうやら俺は泣いてるらしい。由馬は俺の頭を自分の胸元に引き寄せ、優しく撫でてくれた。
「私よりも強くなりたいんだね。……男の子だもんね」
 由馬はそのまま、俺が泣き止むまでゆっくりと頭を撫でてくれた。
 泣き止んでから俺はこの状態に気恥ずかしさを覚え、自然を装い離れ宣言した。
「もっと強くなるよ。由馬を守れるくらいに」
 この宣言に由馬は微笑で返してくれた。


おしまい。

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