アキザクラ

前略――

「だんだんと寒くなってきたわね」
 十九月に入って少したった頃、空には日差しを遮るように雲が広がっています。ここのところいい天気が続いていたので、横を歩く藍華ちゃんがそうつぶやくのにも納得が出来ます。
「本当に今日は寒いね〜」
 そういいながら右側を見るとアリスちゃんが少し遅れ気味について来ていました。
「どうしたのアリスちゃん?歩くの早かった?」
「いえ、もう秋なのだと考えていたらボーっとしてしまったようです」
 今日は三人でウィンドウショッピングをしようという事になりアリアカンパニーから大通りへと歩いていました。だけれどもなぜかアリスちゃんは少しだけ上の空で藍華ちゃんと私の一歩後ろを歩いています。
 私はアリスちゃんのそんな様子にちょっとだけ心配になって声をかけました。
「本当に大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です」
 私はそう言って後ろのほうを歩くアリスちゃんと離れすぎないように手をつないで歩き出しました。
「え、灯里先輩?急にどうしたのですか?」
「ただアリスちゃんと手をつなぎたかっただけだからつないだだけだよ?嫌だった?」
 アリスちゃんは私の返答に少し困惑気味になりながら
「いえ、問題ありません。いきなりだったので驚いただけですから」
 そう答えてくれました。
「そうだ、藍華ちゃんもつなごう?」
 そういいながら私は藍華ちゃんの手を取りました。
「灯里?人の了解も得ないで手を取るのはどうかと思うわよ」
「嫌だった?」
「そんな事ないけど……」
 少し言葉を濁しながらも藍華ちゃんは優しく私の手を握り返してくれます。
「ふふ、こういうのを幸せ気分って言うんだよね」
 言った途端に藍華ちゃんはつないでいない方の手で軽くチョップしながら
「恥ずかしい台詞禁止!」
と、少し頬を染めつつ言いました。
 それでも私たちは三人で手をつないでウィンドウショッピングへと向かいました。



 お昼を過ぎて近くにあったお店で食事となったときのことでした。
「灯里先輩、藍華先輩、アキザクラって知っていますか?」
「はぇ?あきざくら?」
「それって秋に咲く桜のこと?」
「そうだと思います。クラスメイトが話していたのを小耳に挟んだものですから」
 アリスちゃんが朝から少し上の空だったのはこのことをずっと考えてたからなのかもしれません。
「ふーん、それで?アキザクラがどうかしたの?」
 藍華ちゃんは話の続きを促しました。
「はい、それがこの街の西側にある丘に咲いているということですので、見に行ってみたいと思いまして……」
「それはとっても面白そうです」
「この時期にお花見か〜なかなかいいわね」
 その返答を聞いてアリスちゃんは嬉しそうな顔になりました。
「それでは食事が終わったら早速行きましょう」
 本当に楽しみなのかアリスちゃんはいつもよりも食べるスピードが速くなっていました。
「こらこら、落ち着いて食べなさい。桜は逃げないんだから」
 藍華ちゃんはいつもの通りに綺麗に食べていきました。
 三人とも食べ終わると少し食休みをとってから立ち上がりました。そのとき藍華ちゃんが先に歩き出したアリスちゃんを見ながらポツリと呟きました。
「それにしてもあの丘に桜の木なんてあったかしら…」
「え?藍華ちゃん、丘のほうに行ったことがあるの?」
 その呟きに私が反応したことに藍華ちゃんは少し驚き、苦笑しました。
「まぁ、十年くらい前に言ったのが最後だから今どうなってるかは分からないわ」
 そう言いながらも前を嬉しそうに歩くアリスちゃんを見ながら藍華ちゃんは眉根を寄せていました。
 私も最初にアキザクラと聞いたときに少し違和感を覚えその原因が分からない状態でした。
 そんな少しの不安と期待を持って私たちは西側にある丘へと向かいました。



「ねぇー、なんで迂回しないで登っていくのよー」
 午後になってから顔を出した太陽の光を受け、藍華ちゃんは少しバテ気味になりながら丘を行くアリスちゃんを追いかけます。
「丘の上から見ると凄く綺麗らしいのです」
「はひ〜…待って〜、アリスちゃ〜ん、藍華ちゃ〜ん」
 その二人のさらに後ろから私は息を切らしながら追いかけています。
「灯里先輩、そんなに遅いと置いていきますよ」
 そう言うアリスちゃんはきちんと歩みを緩めて私を待っていてくれています。藍華ちゃんも歩みを緩めたアリスちゃんに追いつき、一緒になって私のほうを見ています。
「ほら、あとちょっとなんだから頑張りなさいよ」
「はひ〜、やっと、追いついた〜」
 へなへなと崩れ落ちそうになる私を気遣う二人と一緒に丘の頂上へと歩みを進めました。
「それで、そのアキザクラってどの辺にあるの?」
「ちょうどこの裏側になる部分にあるそうです。丘の上からならすぐに分かるそうですよ」
 そんな話をしているうちに私たちは丘の頂上へとたどり着きました。
 そして私は街を見下ろし、緩やかな風を受けます。
「う〜ん、いい風〜」
「ほんと、晴れてよかったわ。あのままだったら寒かったかもしれないしね」
 ふと、横を見るとアリスちゃんは少し進んだ場所でこちらとは反対方向を見ていました。私もアリスちゃんと同じ所へと歩いてアリスちゃんの目線を追いました。
 その途端、目の前には丘一面にコスモス畑が広がっていました。
 隣にきた藍華ちゃんもその光景に目を奪われていました。
「これは驚いたわ…」
「あっ、思い出しました。アキザクラってコスモスのことです!」
 そう言うとアリスちゃんはギギギッと首をこちらに回して問いかけます。
「それは……本当ですか?灯里先輩」
「うん、秋に咲く桜もあるんだけどね、コスモスのことを指すほうが多いんだ」
 そう聞いてアリスちゃんは、すとんと腰を下ろしてうずくまってしまいました。
「でっかい失態です」
 そんな様子に藍華ちゃんは少し呆れて声を掛けます。
「ほら、こんなにいい景色が見られたんだからそんなに落ち込まない!」
 次に藍華ちゃんはこっちを見ながら
「灯里も、そんな大事なことを知ってたならもっと早く思い出しなさい!」
と、軽いチョップをしました。
「うん、ごめんね、アリスちゃん」
「いえ、私こそ一人でうかれてしまっていただけなので……」
 私と藍華ちゃんはアリスちゃんの横へと腰を下ろしてコスモス畑を眺めていました。
「こうしいてるとだんだん眠くなってくるね〜」
「そうね……あれ?」
「どうしたの?藍華ちゃん」
 藍華ちゃんはある一点を見つめたまま眉をしかめました。私もその方向に目を向けましたが藍華ちゃんが何を見ているのか分かりません。
 しばらくして藍華ちゃんは未だに落ち込んでいるアリスちゃんの肩に手を置いて揺すりはじめました。
「ねぇ、あそこにあるのって桜の木じゃない?」
 その言葉にアリスちゃんははじかれる様に顔を上げ藍華ちゃんの見つめる先を見ました。そして立ち上がったと思ったら物凄い勢いで駆け出しました。
 その光景に一瞬呆気に取られてしまいましたがすぐに私たちもアリスちゃんを追って駆け出しました。

 私たちがアリスちゃんに追いついたのはアリスちゃんが立ち止まってからでした。
 そこには散り始めてはいるものの、たしかに桜の花が咲いていました。
「……本当にあったんだ」
「丘の上からだとちょうど凹凸の影に入っていて分かりにくい位置にあ
ったみたいね」  藍華ちゃんの言うとおり、私のいた位置からだと影も形もないものが藍華ちゃんのいた位置だと少しだけ見えるようになっているようでした。
 アリスちゃんは桜の木を見上げながら言いました。
「でっかい大金星です、藍華先輩」
「大げさよ、偶然見つけたんだから」
 アリスちゃんは桜から藍華ちゃんに目を移して笑みを浮かべました。
「それでも、ありがとうございます」




 日が傾いてきたのでそろそろ帰ろうかという頃、コスモス畑は夕日に染まり茜色に輝いていました。
「今日は最後の最後まで綺麗な光景ばかりね」
 藍華ちゃんがそういうとアリスちゃんはそれに頷きました。
「今度は社長たちも連れてきましょうね」
「きちんとアリシアさんも誘いなさいよ」
「藍華先輩、心配のしすぎです」
 そう言って私たちは丘をあとにしました。



おしまい。


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