それは時空を超えたはるか昔の物語――なんてことはなくちょっとエッチな男の子とその周りにいる女の子たちのお話です。

プリンセスうぃっちぃず 年末騒動


 俺がクルルと出会ってから八ヶ月が過ぎた。
 季節は冬。一年の終わりが近づく十二月も終盤に差し掛かった。
「もう今年も終わりだな」
「うん、そうだね、あっという間にすぎちゃったね」
 俺の独り言に答えたのは委員長だ。答えを期待しない声量での呟きだったので委員長がそう返したのには驚いた。
「一昨日はクリスマスパーティーで大騒ぎだったんだけどね」
「マサキってばお酒の飲みすぎで倒れちゃって大変だったんだよね〜」
 委員長が苦笑気味に言うと、クルルは楽しそうに話を膨らませた。
 そう、一昨日は魔女っ娘委員会のメンバーでクリスマスパーティーを催したんだ。
「あれは則男が……」
 そのとき珍しく姉からの誘いという名の地獄がなかったらしい則男も一緒に参加した。
 はじめは普通にパーティーを楽しんでいたのだが、いつの間にかワインが登場し、則男と俺の飲み比べが始まった。林檎が盛り上げたためか則男は調子付いてクルルに煽られるまま飲んだ。
 その結果、俺と則男はダブルノックアウト。
 ほかのメンバーもその頃には悪酔いを始めていたらしい。らしいというのはそのことを誰も覚えていないからだ。
 朝、気が付いた俺の目に飛び込んできたのは荒れ果てたパーティー会場だった。ツリーの電飾は壊れ(大量の電気が流れ込んで弾けたらしい)、焼け焦げた七面鳥がテーブルに鎮座していたり(冷めて美味しくなくなったから暖めなおそうとしたのか?)、天井から則男が逆さ釣りにされていたりした。
 とりあえず俺はクルル達(則男を含む)を起こしてから、逆さ釣り状態の則男を下ろして片付けをはじめた。
 二日酔い状態で動きが鈍くなっている林檎と委員長。二日酔いって何ですか?という状態のクルル。かれんは普通に動いているが大きな物音や声が出るたび一瞬、体が硬直している。まだ酒が残っているらしく頭に響くらしい。
 そんな状態でもこれだけの人数で片付けてしまえばあっという間だった。
 二日酔い組はクルルの付き添いで早々と撤収しもう一度寝るようだ。
 こうして俺のクリスマスパーティーは、ほとんど記憶がないうちに終わった。

   ◇    ◇    ◇

 クリスマスに馳せていた思いを今へと戻し、俺は委員長に訊ねる。
「それで、今日は大掃除だったな。どこの掃除をするんだ?」
「年末だからね、やれるところは全部やるよ」
 全部と言われても俺と則男の部屋はご婦人方に見せられない本が発掘できるので勘弁願いたい。
「それじゃあ、まずは御堂君の部屋からね」
 委員長から悪魔の言葉が放たれた!
「よ〜し、ピッカピッカにしちゃうぞ〜」
 クルルはやる気十分で腕まくりまでしている。
「ついでにその欲にまみれた精神も掃除してやるよ」
 林檎にはやる前から見抜かれちゃってるし!
「………イケナイ本がいっぱい」
 かれんはつぶやくように、でも俺には聞こえるように言った。
「いや、自分の部屋は自分でやらないか?みんなでやれば早く終わるかもしれないけど、俺と則男もみんなの部屋を掃除することになるんだぞ?」
 最初で最後の手段である反撃に出る。
「残念でした、御堂君」
「な〜に言ってるんだい、女子寮の掃除は昨日終わってるぞ?」
 反撃終了。死亡確定。

 そして案の定
「なによこれー!」
委員長の叫びが木霊し、
「うっわ〜こんな風になっちゃうんだ〜」
クルルが興味しんしんで覗き込み、
「ふふふ、ミルクのにおいが染みてる」
かれんは『うらべっぴん』を広げ恍惚とし、
「……覚悟はしてるんだよね?」
林檎は予想外の量に一瞬怯んだものの洋物の本を手にして投擲準備、
「ストライク!」
オーバースローで本は俺の顔面へと放たれ、そのまま意識を彼方へと飛ばされた。
 俺が気が付いたときには則男は灰と化し、部屋の掃除は終わっていた。
 結局俺達の(主に則男の)秘蔵本は、かれんのベルナルド・ファイアによって焼き尽くされた。
 その後、俺たちは涙に暮れながらも掃除は続けられ、トイレの便器は新品同様、窓の桟が汚れていると林檎に蹴られ、廊下はワックスがけまでされピカピカになった。
「もう、動けん……」
「こっちもだ……ある意味戦闘よりハードだったぞ…」
 則男とともに少しだけ寂しくなった部屋に倒れているとドアをノックする音が聞こえる。
「マサキ〜ノリオ〜ご飯の時間だよ〜」
 何故かクルルが部屋まで呼びに来てくれたらしい。疲れた体に鞭を打ってドアの鍵を開けに行こうとするとだんだんとノックが強くなる。
「マサキ〜ご〜は〜ん〜の〜じ〜か〜ん〜だ〜よ〜!」
「分かったからノックをやめ……」
 俺がそれを言い切る前に目の前のドアはぶち破られ、俺の方へと倒れてきた。
 当然俺にそれをよける体力はなく呆気なく押し潰され、クルルの呼び声をBGMにしてその日は終わってしまった。

   ◇    ◇    ◇

 十二月三十一日、大晦日。
 今年最後の稽古をするために木刀を持って外へと出る。
 中庭に出ても冬季休業中だから誰もいない。寒さが身にしみるがこのまま瞑想を始めた。
「めーん!」突如として胴に一撃!
「どーお!」痛烈な痛みを伴って手を打ち据えられる!
「こてー!」最後に脳天を割らんばかりに長杖が振り下ろされ意識が一瞬途切れる。
 振り返ると予想通り魔女界のプリンセスの姿があった。春先にも同じことをやられた覚えがあった。
「だ・か・ら!修行の邪魔をするな!」
「え〜隙だらけだったから思わずやっちゃった」
 前も同じことを言われたが、クルルの攻撃を喰らっているので否定できない。
「あーもう、今度こそおとなしく見てるんだぞ」
「は〜い」
 返事だけは一人前だな。
 そして俺は型をなぞっていく。上段、中段、下段とつづき八相から脇構えに移ろうとしたとき後ろで見ていたクルルが動いた気配がした。
「つきー!」脳天への一撃を受け止め、
「めーん!」胴を狙った突きを半身になって交わし、
「どーう!」袈裟懸けに振り下ろした長杖を下がって避けた。
今回は完全に避けきった!しかし、
「ひっさ〜つ、ツバメ返し!」振り下ろされた長杖が駆け上がり俺のジュニアへと会心の一撃を叩き込んだ!
 声もなく俺は倒れこみ動けなくなった。
 浅い呼吸を繰り返し、痛いのにもかかわらず何故か半笑いになってしまう。
「大丈夫!マサキ!」
 いくら『英雄の誓い、第8条』が『ヒロインの為ならエンヤコラ』でも、返事が出来ない状態だ。
「ねぇ!マサキ!死んじゃダメだよ!」
 たぶん死なない。だが、死ぬほど痛い。この痛みが一生続くんじゃないかと思ってしまうほど長い間悶絶していた。
「マサキ…ごめんなさい」
 見上げるとクルルは半泣きになってこちらを見下ろしていた。
「いい一撃だったぜ!だが次は当たらねぇ!」
 俺はクルルの心配を吹き飛ばすように笑いかけてやる。
 クルルはそれを聞いて少し安心したようだった。
「うん、それじゃ〜あ次も頑張るね」
 ………次もあるんですね。

「御堂君、クルルさん、もうすぐで準備が終わるから早く来てね」
「そうだった、林檎の打ったおそばとってもおいしそうだったんだよ!」
「………お餅もおいしい」
「うぉ、かれん、いつの間に」
「つきー……めーん……どーお……ひっさつ、ツバメ返し……というところから」
「あんな醜態をクルルのみならず、かれんにまで……」
 こうして俺の騒がしき一年は終わりを告げた。


おしまい。


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