夏休みをすすめ
学園中に放課後のチャイムが鳴り響いた。ざわめきが遠くの教室から聞こえてくる。
「よーし、これで今学期のHRは以上だ。夏休みだからってだらけた生活をするなよ」
雷堂がそう言うと教室内は一気に騒がしくなった。
「んーーおわったおわったー」
「やっと終わったね。光一郎はこれからどうするの?」
俺が座りっぱなしで凝り固まった体を伸ばしていると薫が近くに寄ってきて声をかけた。薫は男なのに格好いいと言うより可愛らしいと言う表現が似合う容姿だ。
「俺か?明日からの旅行の準備に商店街に行くけど」
「よかった、僕もこれからなんだ。一緒に行こうよ」
そう、俺たちは明日から二泊三日で海に行く。場所はここから車で二時間半ほどにある七里家の別荘だ。
「コウ、薫くん、商店街に行くの?アタシも一緒でかまわないかな?」
「ああ。朝陽も準備が終わってないのか?」
カバンを持って帰る準備を整えた朝陽が未央を伴なって俺たちの会話に混ざってきた。
「大体の準備は終わってるわ。あとは、こまごましたものが欲しいかなって」
「わたしも日焼け止めとかが欲しいから…」
「それじゃあみんなで行くか。……政則はどうする?」
俺が政則の席のほうを見やると政則はすでにそこにはいなかった。
「あれ?政則は?」
「政則ならとっくに教室を出ていったよ」
「コウ、気づかなかったの?『こよりー愛しのおにいちゃんが……』とか何とか言いながら一番に教室を出ていったわよ」
またか…と思い苦笑してしまった。政則は極度のシスコンだから仕方がないか、とも思う。
「まあいいか……すぐに用意するからちょっと待ってろ」
そう言って俺はカバンに教科書や課題を詰めていった。
「でも本当によかったの?僕たちまでお呼ばれされちゃって…」
商店街への道すがら薫がそんなことを聞いてきた。
「いまさらな質問だな……」
薫がこんなことを聞くのも無理はないと思う。今回お世話になるのは、俺の恋人である七里由馬の親父さんが所有する別荘の一つだからだ。
「親父さんも由馬もかまわないって言ってるし、俺もこれでいいと思ってるよ」
「海は人数が多いほうが楽しい」
俺の後ろを歩いていた朝陽や未央のさらに後ろから由馬が声をかけてきた。
「あれ、由馬?部活はどうしたんだ?」
「明日から旅行だから今日は休ませてもらった」
休ませてもらったとは言うが、あの雷堂があっさりと許可したとは思わない。相当無理を言ったのだろう。それでも俺はそこまで楽しみにしている由馬を愛しく感じた。
「そうか、じゃあ一緒に商店街に行こうか」
「うん」
由馬は嬉しそうに返事をして俺の腕に自分の腕を絡ませた。それを見た朝陽たちは手で顔をあおいでいた。
「あー今日も熱いわねー」
「本当に、熱くてたまらないね」
「うん、ここのところ夏らしく暑くなったね」
朝陽や薫のちょっとした皮肉を由馬は言葉どおりに受け取って相槌を打っていた。
俺はそれに突っ込みを入れずに由馬をほんの少し引っ張るようにしながら朝陽たちの先を歩いた。何か言うと墓穴を掘るだけだと自分で理解していたからだ。
「待ってよ〜お兄ちゃ〜ん」
未央はそれに気づいてすぐに追いかけてきた。
その後、雑貨屋や薬局を巡って必要なものを買い足していって明日の準備のために解散となった。
「それじゃあまた明日」
「うん、楽しみにしてる」
「七里先輩、明日からめいっぱい楽みましょうね!」
未央がそう言うと由馬は車に乗り込み帰っていった。
翌日、俺たちは学園の校門前に集合していた。学園の前に来たのは今回の旅行に参加するクレアが本校寮住まいだからだ。
「光一郎さん、本日はお誘いいただきありがとうございます」
「お礼なら由馬に言ってあげてください」
「はい、向こうに着いたらきちんとお礼差し上げるつもりです。それでも光一郎さんにお礼をしたかったので……ご迷惑でしたでしょうか?」
「迷惑だなんてことはない。ありがたく受け取っておくよ」
クレアに丁寧なお辞儀をされたので俺もお辞儀を返した。
「はじめまして、篠崎こよりです。よろしくだわさ」
「前園・Clarissa・皐と申します。クレアと呼んでください。よろしくお願いしますね。こよりさん」
初対面のこよりとクレアが挨拶をし、続いて
「クレア先輩、おはよう御座います」
「クレア先輩、おはようございます。いい天気になりましたね」
「朝陽さん、未央さん、おはよう御座います。今日も暑くなりそうですね」
「おっす、クレアのねーさん」
「おはようございます、クレア先輩。迎えの車が来たみたいですよ」
「政則さんも薫さんもおはよう御座います。それでは参りましょうか」
クレアがそういうとみんなで車の方へと歩いていった。車の前まで来ると車内に人影があるのが見えた。少し不思議に思っていると中から由馬が顔を出した。
「おはよう、光一郎。みんなも」
「お、おはよう、由馬。途中で合流じゃなかったのか?」
てっきり途中で由馬の実家によってそこで合流だと思っていたから俺は多少面食らった。
「うん、最初はそのつもりだったけど、やっぱりみんなと一緒に行きたかったから」
「『みんなと』じゃなくて『光一郎と』じゃないんですか?」
由馬の言葉にすかさず朝陽が突っ込みを入れた。突っ込みを入れられた由馬は頬を赤く染めて俯いてしまった。
「おはよう御座います、由馬さん。今日はお誘いいただきましてありがとう御座いますね」
そんな様子の由馬に助け舟を出したのかは分からないがクレアが由馬に挨拶をした。
「う、うん、気にしないで……みんなで行きたかったって言うのは本当だから」
「ふふふ、分かっていますよ」
そういいながらクレアは車に乗り込んでいった。それに続いて朝陽達が由馬に挨拶をして車に乗り込んでいく。
最後に俺が由馬の隣に乗り込むと車は静かに発進した。
「海だーーーーーーーーーーー!!!!!!」
別荘に着くと目の前に海が広がっていた。朝陽は荷物を放り出して海の方へと走り出した。それを見た政則が「一番乗りは俺だー!!」とか何とか言って走っていった。
まぁ朝陽は元陸上部だから追いつくわけがない。ただ海へ飛び込むだけなら政則が圧倒的に優位だろう。
「おーい、荷物片付けてからでも遅くはないから戻って来い!」
「あにぃは海の藻屑と消えてしまえ」
こよりちゃんは政則にそう言い放った。さすが遺伝子レベルで毛嫌いしているだけはある。
朝陽達は大人しく戻ってきて早速荷物を運び込んでいた。
「そんじゃ、着替えたら浜辺に集合でいいな?」
「異議なーし」
そう決まるとみんなは部屋に入っていったが由馬は俺に近づいて耳元で囁いた。
「光一郎、水着楽しみにしててね」
俺はその言葉でさらに期待が膨らんでしまったのは言うまでもない。
「遅いな」
「女の子は時間がかかるものだよ」
「おぉー、こよりはまだか……」
パラソルを突き立ててシートを敷いても由馬達はまだ姿を現さなかった。いい加減焦れて準備体操を始めた頃にやっと声をかけられた。
「光一郎、おまたせ」
「お……」
俺は一瞬にして固まった。振り向くと白のビキニを着た由馬が目の前に立っていた。
「……どうかな?」
由馬が何も言わない俺を見て不安そうに聞いてきた。
「……すごく似合ってるよ」
「ありがとう」
それを聞いて華やいだ笑顔を見せてくれた。
「みなさん、お待たせしました。パラソルの準備ありがとうございますね」
由馬の後ろに目をやるとクレアや朝陽達も水着に着替えてやってきた。
クレアは桜色のワンピースタイプ、朝陽はハイビスカスをあしらったビキニタイプで、未央は青のワンピースだがワンポイントでひまわりが目に眩しい。
「お待たせ、コウにぃ」
朝陽達の方を見ていて後ろから接近するこよりちゃんに気がつかずそのまま抱きつかれた。こよりちゃんは可愛らしいフリルのあしらった白のセパレートタイプだった。
政則に殺されそうな視線を送られている気がする。
「こよりちゃんも似合ってるよ」
「およ、コウにぃ珍しく気が利いてる」
「おぉーマイスイートシスター!とってもプリティーだぞ!」
「邪魔だ、あにぃ。寄るな」
ぽかーんとした顔を見せた次の瞬間、政則がこよりちゃんに声をかけたため一気に不機嫌な顔が広がった。
「光一郎、一緒に泳ごう」
そんな二人を尻目に由馬が誘ってきた。それを断る理由は俺にはまったくない。
「じゃあ行くか」
「うん」
こうして俺達の夏休みは始まった。
おしまい。
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